第一部 第二部 第三部 第四部 終章 後書 絵師 辞典 出口


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荒い呼吸音と共に男が通路を走り続ける。
先ほどまで、あちこちを駆け回って無秩序に殺戮を繰り返す荒らしの足取りを掴み、仲間と共にその荒らしを撃退してやろうと息巻いていたのが、なぜこのような事になったのか。
仲間は全員やられた。
その荒らしが一匹のAAを追い詰めていたぶっていたのを見たときは、中間達と共に「こりゃあ楽な仕事だな」と笑いあっていた。
というのも、AAの体にやたらめったら包丁を突き立てている荒らしの動きはどうみても素人のもので、稚拙と表現する以外に何と言えばいいのかわからないものだったからだ。
しかし、仲間と共に苦笑しながらそいつに銃剣型の削除デバイスを向けた時、それまでAAに包丁を突き立てるのに夢中だった荒らしが急に立ち上がって照準から逃れた。
男もあわてて荒らしにむけて狙いを定めて削除デバイスの引き金をひいたのだが、どういうわけか荒らしはこちらが引き金をひく前に照準からすいすいと外れていき、男たちに接近してきた。
後は悲惨なものだった。
先ほどまでは男と共に数人の仲間が荒らしから逃げていたのだが、それも荒らしに殺された。
男は後ろからその荒らしが追いかけてきているのを振り向かなくとも感じることができた。
荒らしの異常なまでの殺意が背中にどすり、どすりと突き刺さってくるのだ。
男が何よりも恐ろしかったのは、荒らしが傷ひとつ追わずに男たちを全滅させた事ではない。
その荒らしの表情だった。

返り血で顔を朱に染めながらも笑い続けていたあの顔。
だが男はその笑顔が殺しを楽しむものの顔では無いことを理解していた。
荒らしの顔は”別に殺しなんてなんでもない事”と男に語ってきていた。
おそらく、あの荒らしは普段からああなのだろう。
普段からこれ以上無いほど楽しくて楽しくて仕方が無いのだろう。
何事にもあのテンションのままで、何事にもそのテンションを下げない。
生きているだけで嬉しくて楽しくて可笑しくて馬鹿馬鹿しくて、それでいて笑わずには居られないほどにくだらない。
人を殺すことに、いや、人を殺すことだけでなく全ての物事になんら特別な感慨を抱かない。
「楽しいのは元から。」
「何を考えてても笑えてくる。」
「世界その物が可笑しくて可笑しくて仕方ないんだからしょうがない。」
あの荒らしは世界中の人間が死んでもテンションを下げないし、自分が生きている限り、いや死んだとしても笑い続けているだろう。 

ともかく逃げなければならなかった。
だが何処へ?
決まっている。何処でもいいからあの荒らしが追ってこなくなるまで逃げなければならなかった。
ともかく今はあの荒らしから一センチでも遠くへ逃げたかった。

だが男の願いは叶えられなかった。
男が目の前の扉をがむしゃらに開けて飛び込もうとしたその瞬間、
男の地を蹴ろうとしたつまさきに荒らしの投げた包丁が刺さる。
男の右足の小指以外の指が、指の下の肉と骨を少しつけたまま、刃こぼれだらけの包丁にぶち切られた。
足の指とその付近の肉を失くした男は踏ん張ることができずにそのまま転倒する。
地面に突き刺さった刃こぼれだらけの包丁が、その乱暴な扱いに耐え切れず、ついに半ばからポキリと折れた。
男が扉を開けた奥に倒れた隙に、荒らしの気配が殺意と共に肉薄してくる。 

「――――――――――――――――――ッ!!!!」

男の悲鳴はもはや人間の耳に聞こえる高さを超えていた。
男は足の指をこそぎとられた痛みよりも、荒らしが自分に近づいてきている事に絶叫をあげていた。
荒らしが飛び上がって男の背中に馬乗りになる。
男は逃れようとするが、荒らしの右手に持つ包丁で両手の腱をかき切られる。
刃こぼれだらけでのこぎりの刃のようになっているその包丁の刃は、男の筋肉の束を切り裂く瞬間に男に信じられないほどの激痛を与えた。

――ああ、もうだめだ。

男がそう思ったとき、自分の背中に荒らしの包丁が振り下ろされるのを感じた。
不思議と恐怖はわかなかった。
恐怖というのは心の中で自分自身に警戒信号を発しているような物で、もはや男の脳はこの状況を警戒信号を発したところで絶対に逃れることができない状況だと認識していた。
つまり、この荒らしに相対して殺されることは当然のことなのだ、と。 




 

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